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一口カラーのマメミニ記

■12月に向けた11月(11-14 19:57)
w桃子氏に挟まれてのレコード達成が懸かっていたわけです。そのうちの1人はディフェンディングレコーダーの上田さんだったわけです。凄い構図だなと思いました。
山下さんはw桃子氏の圧の中でもしっかり振り切る綺麗なスイングを続けました。凄いなと思いました。スイングからして爽快さも安定感も感じられました。
ショットに対してパットはプレッシャーからか打ちきれず歯がゆさが感じられました。しかし気持ちを切らさず我慢のパットをやり続けました。歯がゆさは感じましたが、あの圧環境の中であの我慢を続けるのは並大抵ではないなと思いました。それでもパットを打ち切れないと今日のレコード達成は難しいかなと思いました。
そんな中、上田さんがスーパーバンカーショットを放ちました。結果はダブルボギーになりましたがレコーダーの圧は感じたと思います。
そして上田さんが一歩後退した中で最後の最後で岸部さんが快心の寄せを決めました。岸部さんにとって初優勝も、今後の飛躍をもうらなうであろうパットを快進の寄せとしてつくりました。
これは良くてプレーオフだろうと思いました。下手をすれば優勝を持っていかれかねない場面でした。そして最悪それが尾を引き、残りニ戦で逆転で賞金女王を持っていかれるということがなくもないと思いました。そんなことを私が思う中で山下さんは快心のパットを放ちました。凄いものを見せてもらいました。
今後私はどのように迷いどのように我慢し、その中でどこでどのように打ちきるべきかを教えてもらいました。あくまで心構えです。
歴史の大舞台に足跡を残すとはこのようなことなのかを知りました。漠然と決めたニューレコードではなく本物のニューレコードが生まれたと思いました。
畑岡さんもいないわけですし、西郷さんも海外ツアーで長く離れていたわけですから単なる新賞金女王という見方もなくはないと思います。しかし最後の最後まであの構図の中で我慢の受けを続け、最後の最後で快進のパット決める、これは私にとって相当なインパクトでした。
今回は山下さんの凄さを感じる私のアナログセンサーが働いた思いです。僅かづつでもセンサーをグレードアップさせることが大事かなと思いました。歳のせいにせずこつこつとグレードアップさせないと退化しかねないと思いました。



694年 藤原京に遷都(最初から"老朽"していた藤原京?)
710年 平城京に遷都("なんと"見事な平城京)
784年 長岡京に遷都
794年 平安京に遷都("鳴くよ"ウグイス平安京)

100年の間に4回もの遷都がされているわけです。一方平安京遷都以来1100年もの間京都が都だったわけです。
藤原京が日本では本格的な都の始まりのようです。長岡京以外はスケールの大きい都にも関わらず100年の間に3回も都が代わっているわけです。最大が藤原京2500ha、次いで平城京の2400ha、平安京の2300haとなっています。唐の国の長安などをモデルに造られたようです。ちなみに計画的に造られたつくば市の筑波研究学園地域は2700haとなっており、これらの古代の都の広さを参考に策定された可能性があるのではないかと私は思っています。
先ず藤原京ですが2500haの大規模開発がされたにも関わらず僅か16年で平城京に遷都されています。信じられません。でも、それ以上に驚きなのが平城京です。
平城京には次々と大規模なお寺が建てられました。まず東大寺です。東大寺は現存でもよく知られた大きいお寺ですが、創建当時は今の比ではなかったようです。
現在の大仏殿は木造建築世界最大と言われていますが創建当時は幅が現在の57メートルに対して88メートルもあったようです。更にその大仏殿を二重にも取り囲むように立派な回廊があったようです。中にある大仏様は今とは少し感じが違うようですが大きさは同じくらいのようです。そして金箔で覆われていたようです。
創建当時の大仏殿、大仏様自体荘厳で壮大ですがここに80〜100メートルあると言われている東西二つの七重塔があったわけです。現在の最高塔は京都・東寺の五重塔で58メートルだそうです。ですからこれよりも30メートルも高い二つの塔が東大寺には建っていたわけです。
この創建当時の東大寺を見たら私は笑うしかできないと思います。
この東大寺は奈良の中でも特別ではあったものの、他にもスケールの大きいお寺があったわけです。その筆頭が大安寺です。
大安寺は大仏殿のような大きなお堂はないものの現在ある法隆寺以上のスケールがあったようです。東大寺程ではなくとも高さ70メートル程の東西二つの七重塔があったようです。
隣り合わせに建っていた興福寺と元興寺も二つ合わせてみると大安寺以上のスケールがあったと思います。
東大寺とこれば西大寺ですが、ここも東西二つの五重塔があり法隆寺クラスのスケールがあったと思います。
現在東大寺、興福寺等と共に薬師寺が有名ですが春日大社近くにある新薬師寺も法隆寺クラスの大寺院であったようです。薬師寺同様東西二つの五重塔がありました。
大塔はないものの唐招提寺のようなお寺もあるわけで、奈良には他にも立派なお寺がいくつもあったと思います。
これらがもし全て現存していたと思うと、私は鳥肌が立ちます。平城宮を合わせて、これらのお寺を僅か7、80年の間に建ててしまったわけです。もし、これらの大寺院に使える木が現在あったとしても、大型トラックやクレーン車があったとしても、7、80年の間に果たして平城京を再現できるかと言えば疑問です。

2006年、上松の技術専門校で宮大工の小川三夫さんの講演を聞きました。小川さんは宮大工でありながら話も面白く人生の教訓になることも話をしてくださいました。その中で平城京の7、80年の話をしてくださいました。
「あれだけのものを7、80年でつくったわけですよ」「何故それができたかというと情熱ですよ」「いやいややってたら作れませんよ」
同じようなことをその数年前にテレビ(NHK?)で聞きました。エジプトのピラミッドについてです。
ピラミッドをつくるには物凄い重労働と危険が伴います。ピラミッドは国王による命令の下、奴隷のように扱われた労働者によって出来たものだと言われていました。しかし3基のピラミッドを科学的に比較してみるとそうとも言えないとのことでした。最初につくられたクフ王のピラミッドは後世にまで残るような理にかなうような精巧な石の組み積みがなされていたそうです。番組の解説によると「クフ王のピラミッドは労働者が嫌々やっていたら出来ないものです」「労働者が指揮者と一体になり情熱をもって積み上げられたものです」と言っていました。一方後に造られた2基には随所に手抜きが見られたそうです。義務で造られたものだと思われます。とのことでした。

小川さんは師匠の西岡常一さんのことを「法隆寺の鬼」「最後の宮大工」と言っています。
「私はどうしても必要な時は電動ノコギリを使います。でも西岡さんは一切使わないんです」「師匠の道具は何年眠っていても生きているんです。使える道具なんです」「私の道具は一旦眠らせると死んでしまうんです。使えないんです」
屈指の腕を持つ小川さんがこのようなことをおっしゃるわけです。誇張して言っているかのようですが実際にそれに近いんだと思います。
奈良の創建時には西岡さんのような人がいっぱいいたんだと思います。宮大工の集まりはオールラウンド技術者でありながら木を見抜くのが上手い人、木を削るのが上手い人、木を組むのが上手い人、それぞれが神の手を持っていてお互いがあうんで意志疎通できたのかもしれません。
例えば創建当時の大仏殿を造ろうにも僅かにでもズレができたらあっという間に寿命が来てしまうと思います。でも西岡さんのような人達なら千年持つ大仏殿が造れるんだと思います。



創建当時の大阪城は凄いスケールだったと思います。しかしその大阪城をもってしても創建時の東大寺を凌ぐオーラがあったかは疑問です。でもその横にあった難波宮が創建時のままであったなら話は変わります。それを見れたなら東大寺とは違う意味で私は笑うと思います。
難波宮は藤原京の前の首都であり元号の始まりである大化の改新が行われた場所です。藤原京からの百年のプロローグである一方で藤原京からの百年とは別次元にあったと思います。
この難波宮と大阪城が現存していれば現実のスケール×時のスケールを感じることができると思います。相当にゾクゾクすると思いますし笑うしかありません。それは東大寺とは違うスケールだと思います。
大阪といえば堺の百舌鳥古墳群だと思います。この百舌鳥古墳群時代も大阪が都であったようです。
現存した場合の大阪城、難波宮と百舌鳥古墳群の距離が10キロメートル程であり、その中間に大阪公会堂などの建物が立ち並んでいたら、これは創建当時の奈良とは違う迫力が感じられるだろうなと思いました。
大阪って多様性のあるスケールが詰まっていた場所だと思います。それが現代の人の意識にもつながっているのではないかと思います。

先月はヴィエニャフスキ国際コンクールバイオリン演奏部門で前田さんが41年ぶりに日本人の優勝を果たしました。前田さんは豊中出のようです。
そして今月は寝屋川の山下さんがゴルフで史上最年少賞金女王に輝きました。最後まで競り合い最後の一打で優勝を決めての記録更新です。
山下さんのゴルフを見ていて何故か前田さんの優勝がフラッグでなく実力だと感じました。
前田さんはコンクールで力強く爽快で美しいショットを繰り出し、大事なところでパットも打ちきったのではないかと想像しました。流れを破綻させないための我慢のパットも多数あった中で、ここぞという場面では打ちきったのではないかと思いました。
私はゴルフの素人ですが、昨日を見る限り山下さんのショットが安定感でも絵的にも一番だったと思います。そして最後の一打はショットモードでパットを打ちきったという感じに見えました。

情熱って漠然と使うと押し売りというか押しきりになってしまいそうです。では情熱って何だろうと考えた時、安定して力強く美しいショットが打てることが先ず基本なんだと思います。それがあってこそ我慢のパットも渾身のパットも可能なんだと思います。でもここで理想の型を求めすぎると情熱でなく義務になってしまうんだと思います。そうなると空回りや小細工になってしまうように思えます。
情熱は素欲に対して地道にコツコツと貪欲の繰り返しの中で出来るものなのかなと思います。そういう中で情熱が沸き立ってくるんではないかと思うのです。
素欲と私欲って違いはわかりにくいと思いますが、私欲にはいろんな欲が入り込みやすいと思います。ちょっとした違いに見えてもそこの意識を疎かにすべきではないと思います。

船橋の西郷さんが海外ツアーを控え目にしていたら逆に彼女が史上最年少賞金女王になっていたかもしれません。西郷さんの初優勝を見ましたがショット、パット共に素晴らしく魅了されました。でも山下さんは文句なしの賞金女王であり、ニューレコーダーに相応しいと思います。山下さんに局面でも、大きな流れでもどうあるべきかのヒントを頂きましたし。

5月から9月にかけて船橋さんに背中を押してもらった思いがあります。そして10月、今月と大阪を意識しました。来月は大阪という舞台を意識し、船橋で今年の納めになるというイメージです。

未成年の飲酒ですか?勿論よくないことです。ただ、反省以上のことも、反省以下のこともないと思います。ケジメという次元にはないと思います。ただ、無期限反省は必要だと思います。ちょっとした風邪なのか、大きな病気の始まりなのか判別できてないと思いますし。
部活に盛んな人でも学びやすい英語学確立するとか、4畳の小屋を造るノウハウをものにするとか、そういうことも反省の次元には薬になるかもしれません。
因みに私は二畳小屋を造ったことがありますが相当大変てした。いかに東大寺の大仏殿が凄いかわかります。


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